購入する
写真中心ではなく文章主体の本であること、200数十ページ分の文字原稿を書き下ろすこと、そして、思い切り歴史に寄った内容であること。これらはすべて初めての体験であり、本書の執筆は私にとって大きなチャレンジとなりました。鳥の写真は内容に沿って10数点を載せてはいますが、この本にはカラーページはなく、従って写真もすべてモノクロで小さく掲載したに過ぎません。
こうしたことから、本書の出版に驚かれた人も多かったようです。「写真家なのに…」という声も聞かれましたが、私は写真家としても、写真の専門家である前に鳥の専門家であることを常に意識しており、自分ではこのような本をまとめることにも全く違和感はありませんでした。
本書の出版に至る経緯は、ゼロから考えると二十年超にも及びます。野鳥写真家として独立する前、つまり会社員だった頃、私の一番の趣味は野鳥でした。他にも鉄道やスキーなど本気で取り組んできた趣味はいくつかありましたが、紆余曲折はあったものの、結局、自分にとっては野鳥こそが生涯をかけて取り組むべき対象だと悟り、これを職業として歩み始めました。職業とするからには、鳥に関して、また野鳥撮影に関しては頂点を目指して努力研鑽を重ねるのみという自覚が芽生えました。
一方で、野鳥(の撮影)を職業にした時、それは同時に鳥が趣味ではなくなることを意味しました。職業ならばもはや趣味ではないわけです。独立後、しばらくはとにかく寝ても覚めても野鳥漬けの日々を過ごしました。鳥に関するすべてが勉強です。楽しい勉強です。鳥・鳥・鳥の日々を思い切り駆け抜けました。
しかし、そういう時期を10年近くも過ごすと、気持ちの上でも時間的にも少し余裕が出て来たのか、気晴らしになるような趣味が自然にいくつかできてきました。その最たるものが歴史だったのです。
元々、子供の頃から大河ドラマなどテレビの時代劇は好きだったのですが、野鳥写真家になってからは、歴史の本を以前にも増して手にするようになりました。事務所に通う通勤のバスの中で、また取材出張の際の飛行機の中で読む本は歴史ものばかりになっていきました。小和田哲男氏や井沢元彦氏、賀来耕三氏、乃至政彦氏などの本を手あたり次第脈絡なく読み漁りましたが、特に本郷和人氏の著書は読みやすくて大いに楽しませてもらっています。
一方、鳥の専門家としては、2003年の『鳥の名前』(東京書籍)を皮切りに、鳥名の語源探求に力を入れるようになっていきました。鳥名の語源由来を考えるためには古典文学作品に親しむ必要があります。さらに、古典文学を入り口として歴史にも目を向けることが近道だと、ある日気づきました。
野鳥を解説するために歴史を知ることが重要……これは私にとってうれしい大発見でした。生業である鳥と、最大の趣味である歴史とを結びつけることができる。このことに気づいた時、本書の企画がおぼろげながら見えてきたのです。
歴史上の人物と鳥との関わりをテーマにして1冊本を作りたい……この企画を山と溪谷社の井澤健輔さんに提示したのは2023年の秋のことでした。
井澤さんは、同社の2007年の私の著書『庭で楽しむ野鳥の本』では担当編集者ではなかった(たぶんまだ入社前だった)のですが、その本の文章を高く評価してくれていました。写真にばかり目が行きがちな本でも、文章をしっかり理解し評価している編集者なら、私のこの企画も通してくれる可能性が高いと、私は考えたのでした。井澤さんは歴史上の人物と鳥との関係は、斬新で面白い企画になりそうと判断してくれ、私の思い通り企画はすんなりと通って出版が決まりました。
ただ、その時には『ビジュアル図鑑北海道の鳥』の写真セレクトに入っていたため、すぐには原稿執筆ができないことなどを伝え、発行は2025年9月に決まりました。その段階では本書の原稿は1本も書いていなかったため、それからはビジュアル図鑑の原稿準備の合間を縫って少しずつでも原稿を書くしかありません。2024年10月から、書けたものから入稿することになり、ビジュアル図鑑のメドが付いた2025年の年明け頃から本格的に執筆に着手し、順次入稿していきました。
ところが、その2月、私は突然の激しい腹痛に見舞われました。受診したところ大腸の憩室炎と診断され、即入院が必要ということになってしまいました。頼み込んで1日の猶予をもらい、参考文献10数冊をパソコンと共に病院に持ち込んで、翌日から入院となりました。絶食状態で24時間ずっと点滴、という治療です。食事も摂れないので、時間はたっぷりあります。かくして、起きている間じゅう私は本書の原稿を病院のベッドで書き続けました。「源頼政とトラツグミ」の原稿は全て入院中に書いたものです。
私がこの本で伝えたかったことのひとつに
「源氏とは何者?」ということがありました。私は歴史に関しては全くのアマチュアで、断片的にしか歴史上の出来事を知らなかったので、源氏は平家を滅ぼした武家の家柄、という程度の知識しかありませんでした。
しかし、鳥名の語源探求の中で、源順(みなもとのしたごう)という平安時代の貴族が編纂した『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』という文献を知りました。貴族?平安時代?……どうも私が知っている源頼朝などの武将と違います。武家でなくて貴族の源氏がいたの?しかも平安時代に?と、頭の中がクエスチョンマークだらけになりました。タネ明かしをすれば、源氏は平安時代以前からいた一族で、その血筋は時の天皇から分かれ天皇の臣下としてスタートした貴族でした。
ともあれ、日本史をただ高校の授業で教わっただけでは誰もが私と同じような疑問を抱くのではないかと思いました。源氏の一族については本書の「源氏とハト」の章で詳しく書きましたから、私と同じ疑問を持っている人には是非お読み頂きたいと思います。
他にも、私自身の疑問解決のために本書の執筆がとても役立った事柄もいくつかあるのですが、これはあくまで内輪話です。読者の皆さんの「知るは楽しい」という読後感のためになってこそです。歴史上の人物との関りという、新しい切り口で鳥を知る喜びを味わっていただければという願いを込めて本書を書きました。
歴史の本でもありながら、じつは鳥の本。そんな見方で読んで頂ければたくさんの発見がある楽しい本になっているはずです。本書を、鳥を深く知るための意外な入り口にして頂ければ幸いです。
2025年10月・山と溪谷社刊
四六判246ページ
定価1,500円(税込1,650円)
購入する